旧堤商会事務所

木造3階建て日露戦争後、函館は露領漁業の根拠地としての地位を確立し後の「日露漁業」へと発展する堤商会は1912年、

新潟に置いていた本店を函館区仲浜町に移した。堤商会はカムチャッカに缶詰工場を建て、

1915年には函館において日本で最初の空缶事業を開始し、アメリカから輸入した自動缶詰機で生産されたサケ・マス缶詰は

英国など海外にも輸出するようになった。露領漁業においても、個人企業から漁業企業が主導的地位を占めるようになっていった。

堤商会創業者の堤清六の妹と結婚し、堤商会を露領漁業のトップ企業にした平塚常次郎は函館四天王の一人である平塚時蔵の甥。

(リーフレット「はこだてと外国人居留地・ロシア編より)