↑箱館運上所跡

欧米5ヶ国との通商条約に基づき、安政6(1859)年、箱館は横浜、長崎とともに開港し国際貿易港となった。

これにともない、税関の前身である運上所が設けられた。開港翌年の入港外国船は商船30隻、捕鯨船21隻

軍艦13隻の計64隻であった。貿易では輸入はほとんどなく、輸出は中国向けの昆布が4分の1を占め、そのほか、

いりこ、するめ、干あわびなど海産物が上位を占めていた。

明治5(1872)年、運上所は税関を改称された。昭和43年、海岸町中央埠頭に港湾合同庁舎が完成し、

税関も同庁舎に移転した。なお、明治44年に新築された庁舎は、木造ルネサンスの洋風建築であったが、

昭和47(1972)年に取り壊された。(上写真)

↑北海道第一歩の地碑

明治維新後、函館は名実ともに北海道の門戸となり、この北海道の地を踏むものがその第一歩を記したのが

東浜桟橋である。青函航路は明治6年(1873年)に開拓使の孔明丸によって一般輸送を開始し、明治12年に

(1879年)に三菱会社が開拓使が青函航路を譲り受け、以後、日本郵船鉄道会社などによって継続されてきたが、

明治41年(1908年)に国有鉄道の航路として比羅夫丸、田村丸が就航した。

当時、連絡船は沖に停泊し、客は艀でこの桟橋との間を行き来した。この東浜桟橋は明治4年(1871年)に

作られた。連絡船の桟橋は、明治43年(1910年)2月に若松埠頭に新設移転したが、、その後もこの桟橋は

活用され、北洋漁業の根拠地などとしても重要な役割を果たしてきたが、特に戦前の北洋漁業の発着時には

大変な賑わいを見せていた。

この記念碑は、熊に錨を配し、開道100年を記念して開拓に渡道した先人の足跡をしのぶと共に、北海道発展の

未来を志向して昭和43年(1968年I)に建立されたものである。

(説明板より)