南山手居留地跡

安政の開国(1858)により世界各国から貿易のため多くの外国人が長崎に来航するようになった。

そのため梅ヶ崎、常盤、大浦、下り松(現在の松ヶ枝)の海岸を埋め立て「外国人居留地」を設けた。

文久3年(1863)造成工事が完了し「外国人居留地」の区域が定められ、南山手町、東山手町、他7ヶ町

など計9か町の町名がつけられた。ここ南山手附近も他町と同じく、洋風住宅が次々と建ち並び、異国情緒に

溢れる町並みが形成され、今日もその姿をとどめている。

 

国際電信発祥の地跡

明治4年(1871)長崎ー上海(中国)、長崎ーウラジオストック(露国)間にデンマーク系の大北(たいほく)

電信会社によって海底電信線が開通した。これで日本と世界が初めて即時に情報交換できるようになった。

ここが最初に設けられた通信所である。