唐人屋敷跡

元禄2年(1869)に中国人の居留地として広さ約9400坪(約3万6000平方メートル)を区切って

塀や堀をめぐらし、この唐人屋敷ができた。これは密貿易を防止する目的であった。

貿易のために渡来した中国商人、船の乗組員がここに住み、屋敷の中には住居はもちろん、天后堂、

観音堂等の祠堂が祀られ、店舗もあり、中国人街が形成されていた。安政の開国の後、唐人屋敷は

その役目を終えたが、ここから中国の人々は貿易だけでなく、中国文化を日本に伝え、絵画、文学、

薬学、医術、宗教などに大きな影響を与えた。

館内町にある看板。やたら野良猫の多い町だと思った。  

THE CHINESE FACTORY in the Street of Teng−chan at Nagasaki

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唐人屋敷

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